童話の狼は悪者?悪役の美学赤ずきん7匹の子山羊3匹の子豚野郎

赤ずきん…なの?


未知なる物を見つける為に旅に出る…等と言うと若干大袈裟な感じなのだが。未知なる物は普段から其処彼処に転がっている、そう、無造作にだ。ただ、多くの人々は多くの未知に対して無関心なだけなのだ。
未知なる物を見つける為の旅…それは言ってしまえば日常。「は?言ってる意味がよくわかんないんだけど?」…という人も多くいると思う。だが待て、誰も「旅行」とは言っていない「旅」と言っている。


旅行と旅

の違いは?

旅行は必然

旅は偶然


童話

…本題だが、あたかも当然であり必然であるかのように私たちの脳皺に刻み込まれ刷り込まれた情報に「童話」があるのではないだろうか?実は未知なる物なのにだ…何が言いたいかというと、童話に出てくる悪役と言えば?…そう「オオカミ」だ、これはミスリードでも何でもない、オオカミが出演する童話を三つほど思い出してほしい。直ぐ思い浮かべるのは次の三作品では無いだろうか?尚、もし興味はあるが読んだことが無い見たことが無いという人は今回は申し訳ない、ネタバレ要素を多分に含むため、今すぐブラウザを閉じるブラウザバックを強く推奨する。


警告!以下ネタバレ注意


赤ずきん

あらすじ

赤ずきんと呼ばれる女の子がいた。彼女はお使いを頼まれて森の向こうのおばあさんの家へと向かうが、その途中で一匹の狼に遭い、唆されて道草をする。

狼は先回りをしておばあさんの家へ行き、家にいたおばあさんを食べてしまう。そしておばあさんの姿に成り代わり、赤ずきんが来るのを待つ。

赤ずきんがおばあさんの家に到着。おばあさんに化けていた狼に赤ずきんは食べられてしまう。

満腹になった狼が寝入っていたところを通りがかった猟師が気付き、狼の腹の中から二人を助け出す。

赤ずきんは言いつけを守らなかった自分を悔い、反省していい子になる。

Wikipediaより抜粋、引用


狼と七匹の子山羊

あらすじ

ある所にお母さん山羊と7匹の子山羊が暮らしていた。ある日、お母さん山羊は街へ出かけることになり、子山羊たちに「誰が来ても、決してドアを開けてはいけませんよ」と注意して家を出た。

そこへ狼がやって来るが、狼のがらがら声で「お母さんですよ」と言っても子山羊たちにはすぐに見破られてしまった。そこで狼は店でチョークを買い、それを頬張って声を変え再び子山羊たちの家へ。「お母さんですよ」と言うと、子山羊はドアの隙間から足を見せて欲しいと言うが、狼の足は真っ黒だったのでまたも見破られてしまう。

狼は次にパン屋で足を怪我したと言いながら小麦粉を足に塗りたくって真っ白にし、三たび子山羊たちの家へ。ドアの隙間から白い足を見た子山羊たちは大喜びでドアを開けるが、間一髪で柱時計の中に身を潜めた末っ子の山羊を除いて狼に丸呑みされてしまう。

子山羊を6匹も丸呑みにして腹一杯になった狼はそのまま眠りこけてしまう。そこへお母さん山羊が帰って来るが、末っ子から事の顛末を聞いたお母さん山羊は慌てずに眠りこけている狼の腹を鋏で切り裂いて子山羊たちを助け出す。そして、子山羊たちは狼の腹に石を詰め込んでお母さん山羊が縫い合わせた。

狼が目を覚ますとやけに腹が重くなり、上手く歩けなくなっていた。喉が渇いた狼は井戸で水を飲もうとするが、腹に詰め込まれた石の重さで井戸の底へ転落して死んでしまう。

Wikipediaより抜粋、引用


三匹の子豚

あらすじ

母さん豚は三匹の子豚たちを自活させるために、外の世界に送り出す。

一番目の子豚はわらで家を建てるが、狼がわらの家を吹き飛ばし、子豚を食べてしまう

二番目の子豚は木の枝で家を建てるが、やはり狼との同様のやり取りの末に、一番目の子豚と同じ運命を辿る。

三番目の子豚はレンガで家を建てる。狼はいくら息を吹き付けても、レンガの家を吹き飛ばすことはできなかった。

狼は三番目の子豚を家の外におびき出そうとたくらむが、子豚は常に狼の裏をかく。最後に狼は煙突から忍び込もうとするが、三番目の子豚が用意した煮えたぎる鍋一杯の熱湯に飛び込んでしまう。

釜茹でにされ死んだ狼を子豚は料理すると、そのまま食べてしまった。それから子豚はずっと幸せに暮らした。だったのだが。…近年は

一番目と二番目の子豚は三番目の子豚の家に無事逃げ込み、狼も熱湯で大火傷を負い、悲鳴をあげながら山へ逃げ帰っていく。 懲りて乱暴を止めた狼と子豚の兄弟が和解し、仲良く助け合う。…というのが主流である。

Wikipediaより抜粋、引用


オオカミ


日本オオカミは絶滅

…どうだろうか?見事にオオカミは悪役だ、近年のヒーロー物は悪役サイドにもバックストーリーがあり物語に厚みと深みを与えている、勧善懲悪などどこ吹く風だ、むしろ、悪役の方に正義が在ったりもする、正義などキャラクターの数だ。だがしかし!童話の世界のオオカミはどうだろう?ひどい扱いだ、ここまでくれば潔い、オオカミの美学だ。誰しも殆どの人がオオカミの事など何も知らないのに、オオカミは悪者、悪役だ!と思い込んでいる、疑うこともなく…そして、何故、童話においてオオカミは悪役になったのか?調べようともしない…とはいえ、そのオオカミを知る機会が無いに等しいというのも事実だ。何故なら、オオカミは絶滅危惧種、日本オオカミは既に絶滅している。知りたくても知る術が非常に希薄だ。童話による悪のイメージが絶滅に関係あるのか?ないのか?個人的な話だが 私もオオカミの事などほとんど知らない。関連本を一冊読んだだけだ。


常識を疑う

今回は、未知、旅、日常、偶然から、オオカミの話と、ふり幅出鱈目だったが、ほんの少しだけ、ほんの一寸だけ見る角度を変えてみるだけで、言うなれば常識を疑うと未知を見つける為の旅は日常の中でも十二分に可能だと言う事、偶然とどう向き合うか?そういう事を考え想像し妄想するだけで何かが成長する…のかもしれない。
色々分かったから、知ったから何か出来るのか?…なんてことはこの際どうでもいい。大事なのは「関心を持つこと」…あくまで個人的な意見だと付け加えておく。


うれしょんする犬と同じイヌ科にも意味があってやるのか聞いてみたい

オオカミが日本を救う! 生態系での役割と復活の必要性 [ 丸山直樹 ] 


【私的出来事】Private News Laboratory【情報研究所】

そんなにカメラに興味があるわけでは無いのだけれど、カメラマンの友人からもらった今のミラーレス一眼のレンズがやっぱり欲しいかな、もうちょっと長めのものが。でも、iPhone5Sの方がササっと撮れるし…でも、立体感は無いよね。そうすると、いい加減に新しいiPhoneかな?でも、大きいしなぁ…妄想が愉しい私(watakusi)でした。